2019年3月30日
五城目町出身で昭和のはじめ頃活動した作家・矢田津世子(やだつせこ)の業績を伝える文学記念室へ行きました。五城目町のほぼ中心に位置する交流施設「五城館」に、平成7年に開設されました。
矢田津世子は1907年(明治40年)6月19日に生まれ1944年(昭和19)年3月14日に肺結核で亡くなりました。津世子の作家活動と坂口安吾、川端康成、横光利一、芹沢光次良、佐田稲子、壺井栄たちと交わした書簡、自筆原稿、愛用品などが展示されています。
五城館入り口
五城館
記念室
原稿などを展示している
保存のいい着物
1936年に発表した『神楽坂』は第3回芥川賞候補に選ばれ、文章力のある作家として人気がありました。川端康成は津世子を手堅い作家と評しました。『茶粥の記』が高い評価を受けました。津世子の多くの作品に、秋田にゆかりを持つ人物や場面が出てきます。農村の描写がとくにすぐれているといわれます。作家の吉屋信子は津世子の印象を松竹少女歌劇の男装スターのようだったと言っています。さらに『茶粥の記』は名品であり、読んだときたいへん感動したそうです。
五城館を院内のスクリーンシェーバーに流したら、関心を持たれた患者さんがさっそく訪れたこともありました。